連載シリーズ・『僕ちゃん、むらやまよしみつ君』〜Vol.1 

『僕ちゃん、むらやまよしみつ君』〜Vol.1

1962年、むらやまよしみつ君は大阪市内西成区某所に生まれ育ちました。
いつの日からだか覚えてませんが、お家では常に洋楽のレコードがかかっていて、常に音楽が流れていました。お家が貧しかったので、よしみつ君の遊び道具と言えばレコードしかなかったのです。それを1日15〜16時間聴いてたんです。ビートルズとか、当時、流行っていた洋楽の曲です。お母さんが好きだったわけではなく、どうやら親戚のお兄ちゃんが持っていたレコードのお下がりを聴いていたそうです。
レコードのプレーヤーはLPレコードをのせたらプレーヤー機器から はみ出るヤツですわ。フタが閉めれないヤツ。よしみつ君、時にはレコードを逆回転させて聴いて遊んでいました。
こんな遊びを結構ず〜っとしてきたそうです。

小学校に入学します。休み時間になると運動場では男の子が野球とかして遊びます。女の子がは教室にある「足踏みオルガン」に5〜6人が群がり「はい!交代!」「はい!交代!」って具合で10分休憩のわずかな時間を皆で順番ずつ弾いていきます。その中に、よしみつ君も入ってました。男の子はよしみつ君だけ。ピアノを習っている女の子から弾き方を教わりました。まず覚えたのは「猫ふんじゃった」。定番ですよね。その「猫ふんじゃった」に もう一人加わり、別のメロディーでアンサンブルもします。しかも よしみつ君は早弾きです。

ある日、よしみつ君はお父さんの車で大阪の日本橋にある楽器屋さんへ電子オルガンを一緒に買いに連れてってもらえます。
お店は現在ライブハウス【ミュージッククラフト】のある「音楽ビル」の辺りだったはず。当時、難波にはまだ三木楽器とかはなかったのです。KAWAIの電子オルガンをお父さんの車に積んでお家に帰りました。荷台にはみ出た状態でお家に到着。しかし車の後ろのガラスが割れてました。あちゃ!走っている最中、振動で電子オルガンがガラスにあたって割れちゃったんですね。でもね、よしみつ君は嬉しーて嬉しーてたまらんかったそうです。きっとそんな よしみつ君の嬉しそうな姿を見ていたお父さんお母さんも凄く嬉しかったに違いありません。

6歳のよしみつ君はKAWAIのオルガン教室に通います。そして「女の子はピアノ。男の子はエレクトーン。」と わけの分からないKAWAI音楽教室の先生の勧めでお父さんお母さんは「KAWAIの陰謀」にまんまとハマッてしまい(笑)、よしみつ君はエレクトーンを買ってもらえることになります。
当時、よしみつ君は4畳半と2畳の長屋文化住宅に住んでいました。2畳の部屋にエレクトーンを置いてもらい、嬉しくてよく練習していました。
当時のエレクトーンというのは木で出来ており、現在のスタイリッシュでオシャレなエレクトーンとはエライ違います。右足部分はボリュームペダルがあるのですが、そのペダルの奥はちょっとした空洞になっています。
ある日、いつものように、よしみつ君はエレクトーンを練習していました。突然、右足の先に何やらモゾモゾする感触が!「なんかな〜?」って見てみたら、手のひらサイズの大っきなクモ!!! よしみつ君「ぎゃ〜!!!」って叫びながら、裸足のまま近くの公園まで猛ダッシュ!クモから逃げてきたつもりだったけど、よう考えたら公園のほうが、いろんな生物がいそうだった。と後から気が付きます。「だから文化住宅には住みたくないっちゅうねん!」って大人になるまでず〜っと思い続けていました。
そう、よしみつ君は大っきなクモが大キライ。大人になった?現在も大キライでも音楽は生まれた頃から既に大好きだったみたいです。


次回の「僕ちゃん、むらやまよしみつ君」は、いよいよ大好きなお父さんに、大好きになるギターを買ってもらうお話しです。にしようと思いましたが、あまりにも展開が早いと連載がすぐに終わってしまうのではないか。と僕は村山義光氏と相談して、幼児期の「むらやまよしみつ君」をもう少し引っ張っていくことにしました。
次回はどんなお話かな〜?・・・。僕も楽しみです。
・・・・・続く・・・・・

※ 文章上、失礼な表現がありましたらお許し下さい。・・・管理人ローリー。
[ 2007/02/14 16:57 ] 僕ちゃん、むらやまよしみつ君 | トラックバック(-) | CM(2)