ミュージシャン『村山義光』の取り扱いについてを読んで頂いてありがとうございます。
この記事を読んで頂いたかたからのご意見でまた僕が感じ、考えたことを書かせていただきます。
「関西の音楽家のギャラは 異常に安い。」 という確かな現状があります。というのを僕なりに知っているつもりですし、 ほんと、そのとおりです。
ギャラが安いのがイヤならば東京へ行けばよいではないか。 という意見も出てきても当然でしょうね。 ギャラの件し関しても「知り合いだから安くしてね、とかみんな泣いている のだらからガマンしてね」 というもの想像できることです。
僕が
ミュージシャン『村山義光』の取り扱いについてで述べたとおり、「村山氏と肩を並べるレベルでなければ・・・」 なんて言っていたら、そのうち 既存のライブ数が減ってしまうのかもしれません。 ちなみに「村山氏と肩を並べるレベル」とは、テクニック的な面だけでなく、音楽への姿勢、人間性も含まれております。
「村山氏と肩を並べるレベルでなければ・・・」に関しては村山氏が思っているのではなく僕個人が思っていることです。よって僕の意見は関係なく、これからの村山氏の共演者は村山氏の判断だけでやっていかれるでしょうし、「村山氏と肩を並べるレベル」であろう、ミュージシャンはたくさんいると思うし、現在も共演されているし、これからも快く村山氏は共演されていくでしょう。
僕もかわらずライブを聴きに行かせて頂こうと思っております。
村山氏は演奏家であると共に、自分の知識、技術を伝える音楽伝達者であると村山氏本人的にも僕的にも、そうとらえています。しかも村山氏はご自分のことはさておき、相手の金銭面を考え、無償に近い、又は無償でそれを伝えているのが多いです。
こんな自分の教えで日本の音楽レベルが上がり、音楽を聴く側も興味を持ち、自分自身が演奏する場所も環境も条件も上がっていくだろうという目的もあるのです。なので関西を離れない理由の一つでもあります。
村山氏は 音楽を始めた頃から、人並以上の、又は、想像を絶する「異常」とも言える集中力と時間とお金を使い、様々な人とのコミュニケーションや、直接、音楽には関係ないのではと思われる勉強方法で今現在の演奏家になり、「人」になっているのです。今現在もそれ「勉強」は進行中で、死ぬまで続くことでしょう。
そんな村山氏を理解し、援助する人は数少ないけれもいます。それを村山義光氏の周りにいる一部のミュージシャンや、ご自分で「勉強中」というミュージシャンも同じ考えを持ち、行動されている方もいらっしゃいます。そいうミュージシャンとは村山氏とは10年以上とか今でも共演されていますね。 関西での音楽活動は非常にし辛いと思いますが頑張って欲しいと思いますし、僕も応援したいし、応援していきます。
しかし、記事に述べたとおり、あまりにも村山氏の甘える人が多過ぎて、「これってどうなんだ?」と思い、この記事を書かせて頂きました。 そんな人に限って「村山氏からおごってもらっている状態」のように思います。 そういう人は この記事を読んで頂くことによって村山氏を知って頂きたいし、何か感じて頂きたいと思っております。
「人生は身銭を切らねば、学べない。」
説得力ある言葉であり、まさに村山氏が昔から実行してこられた勉強方法であります。
僕も人生において その言葉のとおり、学んでいこうと思います。
「お金」「ギャラ」といったら なんだかイメージ悪いのかもしれませんが、言葉や態度だけでは感動や感謝はあっても、人間、お腹はいっぱいにならないし、生きていけないのです。「お金」があってこそ生きていけるし、評価する一つの単位だし、感謝を表す純粋な形だと思っています。
活字で目にするご意見、直接耳にするご意見、直接耳にしない心の中等の 賛否両論のご意見は、まだまだあると思っておりますし、覚悟でおります。
村山氏のミュージシャンとしても人としての価値を理解し、評価して頂けるような音楽家や聴き手が一人でも増えることが日本の文化水準を上げ、大阪の文化水準を上げる貴重な人が一人でも増えることを心から願い、微力ながら僕なりに応援していきたいと思っております。
・・・管理人ローリー。
反論があるのを覚悟で書きました。
ミュージシャン『村山義光』の取り扱いについて。村山義光氏をご存知の人は皆さん、どんなイメージでどんな接し方をされているんでしょうか。きっと様々やと思います。「ギターがメチャメチャ上手い!」「世界レベルのギターテクニックを持つ人」「いつもニコニコにていていい人」「貧乏そう。」「実は、おごってくれるからお金はある人」「ギタリストやけれどジャズボーカルを教えるのが上手い人」「音楽に関して決して妥協しない人」「何よりもギターを弾いているのが好きな人」「変態そう」「変態」「成熟している」「物事を見るのが鋭い」「凄い集中力を持っている」「社会性がなさそう」「金銭感覚がなさそう」「何事にも説得力がある」「もしかして口ばかりで説得力がない?」「常に周りの人に気を使ってくれる人」「気難しそう」「気さくそう」「ギャラが高そうなミュージシャン」「ギャラ安く受けてくれそうなミュージシャン」「こんな自分とでも快く共演してくれる大きい人」「お喋り好き」「説教好き」「いつも何事にも興味津々」「前向き」「いつも楽しそう」・・・まだ他にたくさんあるでしょうね。
僕は村山氏と出会ってまだ1年半しか経っていませんが、今や、ライブに行くのが2日に1回といった状態になっております。ライブを拝見している時、ライブの休憩時間の村山氏の会話をお聞きしたり、ライブ後、皆さんと接している姿を拝見したりして、僕なりの村山義光氏のイメージ、人柄があります。
外見的には、あまりお風呂とか入ってなさそう。(お風呂は面倒であまり入らないそうです。笑) 髪の毛も伸ばしっぱなし。(決して オシャレのためではない。面倒臭いから。きっと美容代がもったいないから?笑) いつも同じ服。(たまに 頂いた服を喜んで来てはる。) いつも同じ靴。プロのミュージシャンにしては かなり安いギターを長く使っている。(現在はドイツ製、トラベルギター5万円で購入) 常にご自分だけの「サウンド」「音楽」を追求し続けている。等々・・・。
音楽的なことは村山義光氏の周りのミュージシャンの方が村山義光氏をご存知やと思います。あれほどのギターを弾けるギタリストは日本にいない。世界レベルであると、僕の知っている関西のミュージシャンが必ず口を揃えておっしゃいます。そしてあれほどのギタリストだけれど、もしくは、あれほどの人柄だからこそ、若い駆け出しのミュージシャンや、まだまだ未完成なミュージシャンとも楽しく演奏出来るのだろう。あんなギタリストはいない!とおっしゃるミュージシャンや音楽関係の人が多くおられます。
「好き嫌い分かれる、一般のお客様には受けないギタリストである。」ともお聞きします。しかし僕は村山義光氏にくっ付いている状態である中、村山氏は かなりの人から尊敬され、共演してもらいたいミュージシャンであることを認識しています。玄人受けする村山義光氏のギターであることは、かなり確実なものではないかと思われるのです。
共演依頼も多くなってきているようです。しかもほとんどボーカリストからの共演依頼が多くなってきています。これは既存の一部のボーカリストからヤキモチを焼かすほどの勢いで数が多くなっている状態のようです。村山義光氏のボーカルもののギター伴奏はブッちぎりイケているのではないでしょうか。どんなレベルのボーカリストでも、どんな癖のあるボーカリストでも村山氏は最善の技術と努力の演奏でもって、そのボーカリストとのライブを良いものにしています。共演者が知名度あるミュージシャン、無名のミュージシャン関係なく、演奏する場所、設備、お客の層、ギャラ関係なく、その姿勢は決してかわることはない。
もし、村山義光氏のような技術を持ったミュージシャンならばどうなんだろう?と考えることがあります。
ご自分を 知名度的に、又は、ギャラ的に売り込むために、自分のレベルよりも劣るミュージシャンや知名度のないミュージシャンとは共演しなくなる方向へ進んでもおかしくないでしょうね。ご自分の現実の「生活」や「夢」があるのでしょうから。
しかし村山氏は他人を差し置いてまで、ご自分の「利益」に関わる言動、行動はされないです。
村山義光氏は「いろんなレベルのミュージシャン(もちろんボーカリストを含む)と共演することは 自分の勉強になるし、学ぶことも多いし、楽しめるのです。」とおっしゃいます。
「大阪市西成区の町でも音楽の世界レベルの勉強は出来ます。刺激は受けることはあっても、アメリカやヨーロッパに行ったからって日本にいるよりも勉強になるとは思わない。」と村山氏は言い切ります。なので東京さえも村山氏は、よほどでなければ行かないのであります。
数ヶ月前に、
ウンサンのレコーディングで韓国ソウルまで行かれましたが、これは「昔からの友人ウンサンのためであるし、そんな友人の依頼であればギャラ無しでも韓国まで行きます。」と言う村山義光氏でありました。ちなみにちゃんとウンサンは村山氏にギャラをお渡しされております。
実はこういった「ギャラ無しでもお仕事します。」とか「僕へのギャラの額は心配しなくていいです。」のような発言はよくお聞きするし心からの発言なんです。
ウンサンに限らずです。友人(お金に余裕がある人であろうが、お金に余裕がない人であろうが)、「ギャラは自分が提示するものではない。」と村山氏は言います。もちろん演奏に関しても、「自分から売り込んでまで演奏をするものではない。相手さんからご依頼(必要)がなければ演奏する意味がない。」とまでおっしゃいます。もちろん演奏(共演)依頼は新旧関係なく、ありがたいことに 頂き続けている状態です。
村山氏は気さくに出合った魅力あるミュージシャンとの共演をほぼ、スケジュール上の理由以外では、断ることがないです。ギャラを提示されていない演奏依頼でも受けることがあります。ほとんど編成以外は拘らず、受けてはるようです。
村山氏は心底から「演奏出来ることだけで 有りがたいのです。ギャラとか自分から提示するなんて、僕なんかには贅沢なことなんです。」とおっしゃるのです。
時には村山氏が見たことも聞いたこともない、初対面のミュージシャンとの共演依頼をギャラ関係なく受けることも多いです。お店のマスターのブッキング等・・・。
そして村山氏と共演をし始めたミュージシャンとの音楽的なお付き合いは、村山氏ご自分の方から絶つことは めったにありません。少しでも成長、進化されるのを見ることが出来るからだとか。
切ないほど村山義光氏のというミュージシャンは「純粋」に音楽をしている人なのだ。と確信いたします。
そんな世界レベルをも持つ技術と裏付けある演奏をし、果てしなく野心なく、純粋に音楽活動されているギタリスト村山義光氏の演奏料金(ギャラ)は共演者の判断でお支払い頂いていることを 僕はどこからかイヤでも耳にすることがあります。
こういったことは村山義光氏本人から直接、聞いたのではないですが、
ほとんど全部の演奏依頼でのギャラは相手側(共演依頼者側)の「言い値」であるのが現状であります。その料金は様々です。僕の価値観で言いますが、あれだけのプロミュージシャンにお支払いする金額とは思えない少ない額であることが多いです。
「村山義光氏の演奏を素晴らしい、凄い」と思われて共演依頼されてくるのだから もちろん そこいらのミュージシャンとは格差があると認識されているはずです。村山義光氏の対して、尊敬を評する言動、態度はよく示されているのを僕は常に目にし、耳にします。しかしフタを開けてみれば、かなりのギャラの低さに驚くことが多過ぎなのです。しかし、そんな時でも村山義光氏は心から感謝をされギャラを受け取っておられます。
もちろん中には村山義光氏レベルを理解し評価して頂いて、最低額以上をお支払いしているありがたい共演依頼者もおられるのですが。
ライブの一部はというと、村山氏の持っている知識、技術でもって共演者を音楽的に指導されている状態のライブになっていることが多いです。「村山氏に勉強させてもらえた。」思っていらしたり、感じていらしたりしているにも関わらず、何故?数千円のギャラで済まそうとする共演者が多いのか?世間の相場から出したギャラとか?ご自分から「勉強」を兼ねた演奏依頼をしておきながら、村山義光氏ほどのミュージシャンを捕まえて世間相場と同じ扱い?!?僕の価値観からでは信じられません。そんな方は世間相場のミュージシャンと共演すればよいのにと思って仕方ありません。
又、遠方まで村山氏を呼びつけておきながら、交通費も時間拘束代も含まれていないだろうとしか思えない、数千円のギャラしか渡さない勉強中の共演依頼者がいるようです。
相場のレッスンと比べて、なんて安いレッスン料!と言えるのです。しかもリアルな環境でのレッスンにも関わらず、かなり安いレッスン料金なのだ?!?
村山氏は
「チャ−ジバックのお店でも共演依頼者が精一杯、全力をもって演奏に挑むならギャラを共演者と折半しても当然。」のような発言をされています。これは本当に心底思っているようです。しかし、それを真に受け、甘え、村山氏と肩を並べて、折半しても一人1万円もならないチャージバックを本当に村山氏に、折半して数千円しか渡さない共演者が多いのに驚きます。 そんなにご自分の財布の中が心配なのでしょうか?そんなにご自分の衣食住が危うくなるほど生活に困ってはるのでしょうか?どうして村山義光氏ほどのミュージシャンを料金的にそんな扱いが出来るのか僕は理解出来ません。 ご自分だけ村山氏にとって特別な存在やとでも思っているのでしょうか?
ご自分のことを村山義光氏と肩を並べるくらいのレベルのミュージシャンと認識しておられる方なら「折半」の話しも理解出来るし、別の話であると思います。
村山氏は人に気を使わせるような発言はしません。人にお金を使わせる発言、行動はしないです。
過去の貧困生活時代のことを笑いのネタでお話しされることはありますが、口にはされないけど、現在も絶対に金銭的に余裕などないはずなのに、人にご飯をおごったりしています。おごられる側も「折角、村山さんがご馳走してくれると言うのだから それを断るのは失礼」と本気で思っておごってもらっている人が多過ぎ状態であります。こんなことは1ケ月に1回や2回のことではなく、常に毎回、いつでも誰にでもおごっている光景を僕は見てきました。
おごってもらっている皆さんよりも村山氏の方がはるかにお金に余裕がないのに。それに何故気が付かないのだろうか?もしかして考えてもみないのか?もしくは気が付いているけど、気が付かないふりをしているのか?
これって、反対に 村山義光氏に音楽面でお世話になったり、勉強させてもらっている人が村山氏にご馳走したりすべきなのでは?と強く思います。
ちなみに、村山氏の収入はレッスン料金とライブで頂くギャラのみであります。そこから交通費や、機材等の経費を差っ引いた金額が収入。気の遠くなりそうな低い金額であることは、村山氏の側にいたら誰でも分かるはず。
村山氏は極貧生活時代から、「おごり」のような行為は結構 昔からあったと過去を知る村山氏の知り合いがおっしゃってました。ギャラの面にしても、村山氏からのおごりの件にしても、ゆるい言い方をすれば「村山氏に甘えている」。別の言い方だと「無意識に村山氏を利用している」の状態であります。当の本人、村山義光氏は全くそんな風には感じておらず、
「自分なんかのライブに来てくれて本当に嬉しいから、自分なんかと共演依頼してくれて嬉しいから ご馳走したいんです。」おっしゃるのです。
「それは反対に村山氏の周りの人が思ってすることじゃないの?せめて自分の食った分くらい自分で払えよ!」と、僕や、村山氏を人柄的にも現実をご存知の人は腹をたててしまうことが多いです。しかし僕は、その相手に直接言えていないのが現状でした。言いづらい。ライブ会場でまた合う人だから、今後、僕のと関係が気まずくなるしな〜。と僕、自分のことしか考えていなかったから発言出来ていませんでした。
村山義光氏にだって、家に帰ったら守りたい「家族」があるはずです。きっと村山氏の「家族」にも金銭的に影響が及んでいるはず。また、ご両親
(『僕ちゃんむらやまよしみつ君』参照)もそんな生き方をする村山義光氏を見守ってはるのでしょう。しかし村山氏を 前に述べたような、周りの人が、「無意識」に村山氏を利用する行為が、実は村山氏の「家族」に影響を及ぼしていることを少しは考えて欲しいと強く思います。
もちろん今現在、数少なくはありますが、村山氏の音楽的にも人柄的にも理解し、応援してくれる人がおられます。
「凄く少ないんですけど、ギャラ3万円で演奏して頂けますか。」と依頼されてくるミュージシャンもおられます。チャージバックのお店での演奏でバックされたギャラを全部そのまま村山氏にお渡しし、少なければ、ご自分のポケットマネーからプラスアルファーしてお渡ししている共演ミュージシャンもおられます。又、村山氏へのギャラをいくらお渡しすればいいか分からない人は、良識ある師匠や先輩、知り合いのミュージシャンに聞いてお支払いしている人もおられます。
又、「村山先生とお金なんかで村山先生と共演出来ること自体もったいないことである。」というミュージシャンもおられます。
このようなことから、村山義光氏は凄い人格者であり、果てしなく自虐的ポリシーを持ったミュージシャンであると僕的に思っていますし、同じ考え、感じておられる人がおられると思います。と同時に僕から見た村山義光氏はいわゆる「ギャラ交渉が出来ないミュージシャン」「セルフプロデュースが出来ないミュージシャン」であり、ビジネスではなく「純粋」に音楽活動だけしたい数少ない貴重なミューシシャンと思いますし、確信しております。
僕は村山氏の「家族」と言える立場でもないのは充分、自覚しているつもりですが、どんな人でもちゃんと村山氏を見ていたら、僕と同じ気持ちになったり、考えたりするはずだと思っています。
上記にように述べた、
そんな村山氏を利用するのも守るのも皆さんの意識次第という情況を 村山氏の家族の方々、村山氏を応援して下さる方、理解ある常識を持った共演者が、必ず見ているに違いありません。村山氏はかわらない。村山氏は、周りの人が守り、支えてあげなければならないミュージシャンであること認識して欲しいです。村山義光氏の あの自虐的で、低姿勢で気配りのある人柄がこれからも変わることはないでしょう。変わることはないの確定ですわ。そんな村山氏だからこそ、いろんな意味でのあの人脈だし、あのようなミュージシャンであり、指導者であり、あんな凄い世界レベルのギターを弾き、演奏中も共演者に気を配ることの出来る最善のライブを作り上げるのだと思います。
常に自分のことはさておき、常に周りに気配りしている行動言動が、あんなに気配りの取れる素晴らしい演奏が出来、人に感動をあたえるライブを作れるのだということを確信いたします。自分だけの利害関係を考えるような、気配り出来ないミュージシャンはいつまで経っても村山義光とレベル的に肩を並べることが出来ず、又は、村山義光氏のに近づけるレベルのミュージシャンにはなれないと思われます。村山氏と肩を並べるレベルでなければ、ギャラを折半など出来ないと思う。数千円のギャラなど渡せないと思います。
「薄っぺらい、表面的な言動、行動しか出来ない人は薄っぺらい人生だし、薄っぺらい音楽しか出来ない。」と思います。一般人にも言えます。
村山義光氏を評価して頂き、共演依頼者が村山氏にお渡しするギャラをもしかして村山氏が「高額過ぎる」と躊躇したり受け取りを断ったりすることがあっても 必ず強引にお渡しして頂きたいたいと僕は願います。
但し、衣食住に困っておられる程のミュージシャンとの共演、そしてミュージシャン村山義光氏と肩を並べて演奏されているミュージシャンの方々は、以上に述べたことからは例外であり、これからも変わらず、こんな僕ですが、心から応援させて頂きたいと思っております。
いろいろ僕が思い、感じたことを率直に書いてきましたが、これを読んで頂いた方々、最後まで読んで頂いて凄く感謝致します。しかし僕に対して、「勝手なことを書きやがって!」とか「何も知らんくせに!」とか、気分を害される方も多く出てくるだろうという覚悟でいます。僕を嫌って頂いてもいいし、取るに足らん存在。と思って接して頂いてもいいです。
僕に一言二言、言いたくなった方々、この記事のコメント欄にご自分の連絡先を明記してご意見エお聞かせ下さい。又、ブログの「メールフォーム」で(村山義光氏も含め)、メールお待ちしております。そして実際にお会いしてお話出来たらありがたいです。ライブ会場でお待ちしております。
ちなみに この掲載に関して村山義光氏に了解を得ており、1個人の「発言の自由」として認識して頂いております。
僕個人的に、これからも村山義光氏の価値を理解し言動,行動と共に金銭面に関しても少しでも多くの人々にミュージシャン村山義光氏を評価し、具体的な形にして頂けるよう願い続けます。そして既存の共演者のミュージシャンの方々に これからも村山義光氏と共に素晴らしい演奏を作りあげられることを心から期待し、楽しませて頂きたいと思っております。
続・ミュージシャン『村山義光』の取り扱いについて ・・・管理人ローリー