LIVEレポ★2009年9月7日(月)中崎町【common cafe】 g村山義光b鷲見和広DUO!GrandJazzLive♪     

LIVE1レポ★2009年9月7日(月)中崎町【common cafe】 にてg村山義光氏 b鷲見和広さんGrandJazzLive♪に行ってきました。

たくさんのお客様が聴きに来られました。やっぱり魅力的なデュオだからでしょうか。
今回で2回目。初回が大好評だったので、実現いたしました。
それぞれお二人共、音楽理論的裏付けのベースがある上での自由な演奏を楽しんではるのが伝わります。
ただ自由なだけでは、見失って崩壊してしまうだろうし。しかも物凄いハイスピードの中。そして見失ってまうやろ!ってくらいのスローな中で、繰り広げられているんです。
しかも音数が多いテクニックやルズム感が半端なく優れている演奏で。凄いな~。なんという世界や。
お~!これぞ「ジャズ」!ということでしょうか?熱く感じさせてくれ、本当に楽しませてくれる。

ライブ終了後、深夜まで 残ってくれたお客様(生徒関係や若手ミュージシャン等)と マスターと出演者と語らいました。
その時思いました。村山氏も鷲見さんの共通点。
ちょっとした物事、言葉にすぐに反応してしまう。面白みや深いところまで突き詰めていってしまう体質かもって。
世間や人生の白い部分も黒い部分もグレーな部分も常に感じているんだろうなと。
無邪気でいて、視線や体感的に、彼らの触覚は常に俊敏に起動している。
しかも頭の回転が速いときているようだ。

お客様の一人のギタリストが
「聴いていて、数えてたけど、途中、わけが分からなくなった。凄いわ。めっちゃ頭ええんやで。この二人。」
誰やったっけ?言うてはったな。
「音楽は聞くものではなく感じるもの」って。

このお二人。知能指数、心と体、もちろん人並み以上にぶっ飛んではるんでしょうね。


パンチドランカーさんから「ジャズ」について語って頂きましたので以下のとおり掲載させて頂きます。
g村山義光氏b鷲見和広さんg村山義光氏b鷲見和広さん【common cafe】


「ジャズ」と そして「おジャズ」

人が物事を(俗に言う)理解や認識をする時、あらゆる情報から、誰かの指導を経て情報を選別し、知識として受け入れ、その知識の範囲内で更に誰かの指導を経て確認し、それぞれの知恵を蓄えます。
情報→知識→知恵の順番です。ただ前述のように誰かの指導や影響を受けます。

そこから誰もが「価値観」を身にまとう訳ですが、その「価値」とは平たく言えば、その人の境遇により、その人にとってメリットのある物事に限定されていきます。またデメリットも然り!
そして私が村山義光の世界に触れた時、価値観って本当は何なのか知ってる?という純粋な心を洗われました。ジャズとは本当に全てにおいて限りなく反抗的で、かつ協調性を無限に大事にする人間本来の欲求と自然さを必要とする音楽です。

自分の言葉で話し、自分の全てをさらけ出し、同様に他者の全てを引き出し、必要とする!未熟ゆえの嘘やごまかしはあっても無視は話にならない。だから聴く者の心を捕らえ、離さない魅力を放つんだと、それこそが「リアル」なんだと私は信じます!そしてそのリアルが村山義光にはあります。いや、それ以外は無いでしょう。

本当の事を言う!悲しいかな世間はこれを異端と呼びます。
世の中はいわゆる社交辞令、TPOに振り回される(ニセモノの)大人達により、より彼らにとって都合のいい茶番に溢れています。それは音楽にも大いに言える事で、ジャズも本来の「野性」を失い、卑屈な社交辞令にひれ伏す低次元な「理性」に準じ、「これ」をすればお利口さん的な「おジャズ」になっているじゃありませんか!
もちろん奇抜を装うのは愚の極みですが、自分に正直にあろうとすれば当然お利口さんではいられない!より自分を高め、啓発し、リアルを絶叫し、またそれを分け隔てなく、惜しみなく求める人々に還元し続ける事!
それこそが裕福さにあぐらをかき退廃に向かう現代人にとって本当に必要な事ではないでしょうか?キリストだって生前は異端扱いであった?と言われるように、リアルをする人はなかなか理解されない悲劇はあります。

しかし今、世の中に本当に必要な事は、価値観を正す事と自分が自分たる所以である「自由」、つまり魂の解放にあると私は信じます。
世間では沢山の魅力的で優れた「おジャズ」の教科書が売られています。

そこで、あなたは「おジャズ」を勉強しますか?それとも「ジャズ」に触れますか?
おジャズは飽きますよ。でもジャズは一生物ですよ。
ジャズを演奏出来る数少ない1人、村山義光を聴きに行きましょう!

・・・パンチドランカー
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[ 2009/09/08 05:43 ] ライブレポート | トラックバック(-) | コメント(-)