『道楽者と趣味人』 ・・・ぽむぽむさんより 

『道楽者と趣味人』

・・・アマチュアピアニストぽむぽむさんのあるコメント記事より


道楽者にはプロもアマも関係ありませんし、私もそうでありたいと願っています。
生活を気にせず、とことんのめり込めるのがお金持ちが多いというだけの話で、
私には《道楽者》は最上級の褒め言葉なんですよ。
そこまで好きになれるものがあるのは、幸せなことだから。
社会生活を大事にしたければ「趣味です」でいい訳で、
それは優先順位や個人の価値観の問題だから趣味が悪い訳では決してないと思います。
道楽は破滅への道でもあるし、
そこまで好きになれないなら無理して目指すべきでもないですよね。
(道楽に<頑張る>や<努力>は不要です)
ただ村山氏も含めた素晴らしい芸術家や、人間国宝、
またはノーベル賞受賞者などは、《好きでやった結果》の人が多いはずで、
私からしたら彼らは皆、素晴らしき道楽者なのです。


道楽で身を滅ぼす可能性はあるけれども、趣味で身は滅ぼさない。

何かを楽しむ為に他の生活をコントロール出来るのであれば、
それはどれだけ好きでも道楽ではなく趣味なのだと解釈していますが、
趣味から仕事になった人も居るから、優劣をつけれる問題ではないし、
結局のところ個人の性格に起因するところが多いのではないでしょうか?

ただ私にとっての道楽とは、全てを犠牲にしてもその道を楽しみ抜くことで、
間違っても【それでヒトヤマ当てよう】だとか【周りに迷惑をかけずに出来る範囲で】
だなんて考えもしない、または考えても我慢がきかないことだと思っています。
(それでお金を稼げるかどうかは結果論でなければいけません)

昔どこかのゲイノウジンの奥さんが、サルサダンスにはまりすぎて、
離婚してキューバに移住した話があったけれど、そういうレベルが道楽だと思います。

自分の出来る範囲で最大限の努力をして楽しむ趣味の方が、絶対に賢いですが、
コントロールのメーターが振り切れた時が道楽者への第一歩なんだと思います。

だから道楽者への道は遠く長く、孤立してしまう可能性も果てしなく高い。

個人的な観点ですが道楽者と趣味人の1番の違いは退廃か否か、だけだと思います。
だからお酒やギャンブルで身を滅ぼすタイプの人も道楽者と呼ばれます。
芸術や文化の話に戻れば、
作品の完成度については、趣味人と道楽者のどちらが劣ることはないと思います。
なぜなら画家の話になって恐縮ですが、家庭があり地位も名誉も財産も守りながら、
世俗的趣味も堪能したピカソやダリの様に素晴らしい作品を残した人も居るからです。
ただ生活を全て投げうった方が、世俗離れしてる分だけ、
芸術家としての成功は、統計的にはどうしても高くなると思いますし、
実際に家庭を守りつつ、財産まで残した芸術家は圧倒的に少ないです。
私は選びたくなくてもデカダン(退廃)的にしか生きれないタイプの人間です。
だからせめて道楽的に粋に生きたいと思うので書きました。
ただ迷いはいつもあるので、村山氏みたいに迷いなく(仮にあっても外に出さない様に)
生きてる道楽者を見ては、心底「ああなりたい」と思う次第でございます。

道楽者は《者》で、趣味人は《人》ですから、そういう観点からも
《人》として生きていけるので、趣味人は美しくも賢い選択だと思います。
《者》は、ならず者や馬鹿者などネガティブな言葉が多いですから。


・・・アマチュアピアニストぽむぽむさんのあるコメント記事より

ホットケーキ

ぽむぽむさんご本人の了解を得て、あるコメントから抜粋して掲載させて頂きました。

僕は今まで「道楽者」とは、お金持ち限定の世界のものだと思っておりました。
そう思われているのは、僕だけではないと思われますし、善悪関係ないこと。
「道楽=趣味」も一般的解釈というとも ぽむぽむさんもご承知のこと。

道楽なことを出来てしまっているかたがお金持ちのかたが多いのが結果論だけであって、
なかなか金銭面的に裕福でないかたが「道楽」をやっているかたが少ない現状であろうという理由で
お金持ち限定のイメージがあっても当然のようでもある。

僕が思うに、本人が「はい!道楽者です!」とか「趣味です。」とか思うのは個人の自由だと思います。
ちなみに僕は、未だに親スネかじり状態でライブに行ってる「この道楽者!」の道楽者です。
人に聞かれたら堂々と「道楽者です。なにか?」と答えます。笑。

僕的にも村山義光氏は、ぽむぽむさんのおっしゃるとおり「素晴らしき道楽者」に思います。そして素晴らしい「芸術家」であると。
で、村山氏本人自身は どっからどう見ても楽しんで音楽をしていらっしゃるように拝見いたします。
いや?人生そのものが楽しんで送っているように見える。
どう見ても、どう考えても 村山氏は金銭面的に「楽」ではないのに、
人が羨ましく、人に妬まれるほど「楽しんで」いらっしゃるように見えます。確かに楽しんでいはる。

でも村山義光氏の芸術性は、かなり音楽にのめり込み、身体的にも精神的にも
ある意味、自分をストイックに追い込まなければ、今の音楽芸術にはなっていないだろうと思って仕方ないんです。
そんな見えない影の部分を外に出さずして常に自分の道を楽しんでいる。楽しもうとしているのか?
これは音楽に関してだけではありません。日常生活においても垣間見ることが出来ます。
例えば熱が40度あっても、ことが終わるまで皆の前では、
体調が悪いことなど1ミリたりとも見せないで、その場を常に楽しい空気にさせてくれていることがあります。
人に気を使う行動言動から、村山義光氏は、そんな人でありながら
(これは僕や、僕の周り、村山氏の周りの人たちの目撃による解釈)
あるがゆえ?音楽という道楽人生を文字どおり楽しむことが出来ているのだろうか?とも思えます。

当の本人は「道楽者」とか「芸術家」とか「音楽家」とかのカテゴリーに全く意識ゼロなところが実に面白いです。
その価値観にふりまわされていないくらい音楽に没頭している村山義光氏。
(Hビデオを見ることが一番好きみたいですが。。。)
ぽむぽむさんや僕も含めたいわゆる村山氏の音楽が好きなお客様は、
村山義光氏の音楽を支持して下さっている理由の一つがそんなところにもあるようです。
人の性格とか、「芸術家」とか「音楽家」の肩書きやカテゴリー分けは、
本人自身が判断するものではなく第三者が自由に判断するものでもあることでしょうから。

ぽむぽむさんの記事により、人生の楽しみ方と、村山義光という芸術家を改めて発見したような感動を頂きました。
ぽむぽむさん、ありがとうございます。

・・・管理人ローリー。
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[ 2010/01/01 19:14 ] 皆さんからの記事 | トラックバック(-) | コメント(-)